舷側板を作る
2009年の十一月、私が伊江島に到着したときには、すでに下門さんと息子さんはチェーンソウを使って船体の各部材を大まかに切り出し、舷側板になる材を二つ、元となる形までに切っていました。最初の日の仕事は船尾の部分が充分に幅を持つように、杉板を二枚それぞれ両側の舷側板に接着する事でした。この部分は大きな三角形の形をしていてサバニ特有の高く上がった船尾を形作ります。曲げたときに継ぎ目が開かないように材の前端部は大きな舷側板に切り込んで合わせられていました。両方の面に接着剤を塗り拡げ、何種類かの大きなクランプでそれを固定しました。また多くのかすがいを留め具として使いました。それは後の制作中にも至る所で使用されました。
舷側板を接着した翌日、私は初めてフゥンドゥを取り付けることになりました。サバニを有名にしている由緒ある締め具です。下門さんはその名前が何に由来するのかは知りませんでした。一説では、それが古代の量錘である分銅にすこしばかり似ている所に起源があると言う事です。この名前や技法は中国から伝わったと下門さんは信じていました。
フゥンドゥはその細いくびれの部分が舷側板の繋ぎ目にちょうど重なるように取り付けます。それはイヌマキ、もしくはチャゲと呼ばれている固い黄色の木から作られます。下門さんは長い木片にフゥンドゥの斜めの面を幾つも連続して切り抜いてから、一つ一つをバンドソウで切り取って作りました。端には鑿もペーパーもかけませんが、私たちが作ったときはバンドソウの刃の跡は修正していました。
下門さんは縦目の材を使うようにしていましたが、絶対にそうじゃないとだめと言う様には見えませんでした。彼は斜めの面を鋭利な鑿で仕上げて、ここには測る事も見る事も出来ないほど僅かの角度を付けるのだ、と私に言いました。切るときに鑿の一方をほんのすこしだけ押さえて、全く感覚だけでそれを彼は行っていました。結果としてフゥンドゥの斜めの面は、常にほんの少しだけ一方に傾きます。その小さい面を先にしてほぞに入れこむわけです。その下側になる面に彼は目印を付けていました。
最初のフゥンドゥは舷側板の外側に、継ぎ目に沿って六分の深さで一尺おきに嵌め込まれました。舷側板がくり抜かれてから、内側に次のフゥンドゥの組が嵌め込まれる事となり、それぞれが表側のフゥンドゥのちょうど中間にくるように配置されます。ここではほぞを六分以上彫り込まないことが重要でした。舷側板は八分の厚さにまでくり抜かれることになっているからです。フゥンドゥはそれぞれ少しばかりサイズが違います。それでひとつづつ現物を使ってほぞを罫書きしました。「いちばん尖った鉛筆を使って極細の線を引くように」と下門さんは息子さんと私とに強く言いました。フゥンドゥの保持力は、寸分違わぬ摺合わせと、四つの斜めの面のくさび効果に依っているのです。
ほぞを切る前には、ストッパーを付けた大きなドリルで五十パーセントほどの部分を取り去りました。ドリル穴の底を見てほぞの深さをチェックするのだと下門さんは言いました。私はそうはしないで、ほぞの深さを鑿の裏にペンで書きました、そちらのほうがチェックし易すかったのです。一寸の幅の鑿を使って、ほぞの中央部から始めて、幾つもの平行した切れ目を入れていきました。それから幅の狭い鑿で、ほぞの外端へと削りくずを片付けました。ほぞの側面を直角に切り降ろす事がとても重要です。フゥンドゥはほんの少しばかり先細になっていますが、ほぞはそうではありません。ほぞの両端部では記した線にきっちり合わせて切り込みます。でも斜めの面では外側の四隅を合わせ、くびれの部分で僅かに線の内側に寄せて切り込みます。この僅かに残した部分がフゥンドゥの作用の秘密なのです。フゥンドゥがほぞに強く打ち込まれた後、この四つの斜めの面は四つのくさびのように働き、それぞれが隣合った材を引き合わせるのです。
フゥンドゥの両端の四角の部分はほぞの上下の部分にちょうどぴったりの収まりになるようにと下門さんは言いました。きついめに合わせると側板を引き離すことがあるのです。ほぞに嵌め込む前にフゥンドゥの下面の縁は鑿やナイフで僅かに面取りされます。そして油に浸けられ木槌で堅く打ち込まれます。鑿をとても鋭利にしておく事が大事です。杉は軟材ですし、フゥンドゥが本当に美しく見えるのは綺麗に切り込まれたほぞに填められてこそなのです。
フゥンドゥが入った後、舷側板の表面に穴が出ないように気をつけながら、下門さんは二つの材を貫く竹釘用の穴を鋭角にドリルで開けました。これは六ミリ径で四寸半の長いドリルの刃を使い、外側のフゥンドゥの両側からそれぞれ二寸半離しました。すなわち、裏表全てのフゥンドゥが嵌め付けられた後に、竹釘がちょうどフゥンドゥの中間に来るようになると言う事です。
竹釘は竹を割った材を大まかに削って作られました。くぎの頭には継ぎ目(節)が来るようになっています。それぞれは丸く、ほんの少しばかり先細になるように作られています。釘の柄の部分はおおよそ七分ほどの径で八寸の長さです。先端部は一点に尖っているのではなく、鑿のような形になるように樹皮側から斜に切られています。釘を打ち込む際は樹皮側を舷側板に面して並べます。斜に切っているので打ち込まれるときに釘が曲がりやすいと下門さんは言いました。私たちは釘を油に浸けて注意しながら釘穴へとハンマーで叩き込みました。竹釘で杉を貫いて打ち込むわけではないので、釘が道穴の底にきっちりと留まるようによくよく気をつけて打ち込まなければなりません。取り付けられた後、竹釘とフゥンドゥは舷側板と同じ面になる様に鋸で切り落とされます。
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日本の他の地方ではこれらの留め具はツヅミと呼ばれています。鼓(両頭の太鼓)に形が似ているからです。
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仕事場を訪れたある人はその言葉は沖縄方言で「離れない」と言う事だ と言っていました。沖縄の文化的な歴史を語る時、伝統的な沖縄の舟は南から来たのだと下門さんはいつも語っていました。それは中国、ポリネシア、あるいは初期のヨーロッパ人達との接触からだと、決して日本からとは言いませんでした。